今回は,簡単・分かりやすい民法改正解説シリーズの第26弾です。
民法が,私たちにとても身近なルールを決めている法律であることは,シリーズ“ゼロ”でお話ししたとおりです。
(⇒簡単・分かりやすい民法改正解説~シリーズ”ゼロ” 民法改正の意味~)
今回は,民法改正の重要な変更点の1つといわれる「定型約款」についての改正内容を見ていきます。
「ていけいやっかん」と読みます。
なぜ、重要な変更点の1つというかというと、これまで、定型約款については、民法上、何らの規定も置かれていなかったからです。
民法の現代化の1つとして、今や私たちの生活にとても身近な存在になった定型約款について、新たに規定が置かれることになります。
今回から、前編・中編・後編の3回に分けて、定型約款の新規定を詳しく説明・確認していきたいと思います。
前編の今回は、新設の経緯やポイント、定型約款とは何か、その定義についてみていきます。
定型約款:新設の経緯
クレジットカードや銀行のサービスを申し込んだときに利用規定が書かれたパンフレットをもらったり、保険に入ったら約款の冊子が送られてきたり、パソコンのソフトの更新プログラムをインストールしたら利用規約への同意を求められたりした経験が、誰にでもあると思います。
これらの取引では契約の内容があらかじめ業者側によって決められており、利用者はこれを全て受諾するか契約しないかの自由しかありません。
このあらかじめ定められた条項のセットを約款(やっかん)と呼びます。
大量迅速に多数の顧客と取引をしなければならない一定のビジネス分野では、約款の利用は不可欠です。
しかし、法律の世界では、約款には理論的な問題があります。
一般に、契約が当事者を拘束する力を持つ根拠は、当事者がその内容に納得して合意したという当事者の意思に求められます。このことは民法の大原則です。
ところが約款は、その条項の一つ一つについて話し合って合意するわけではなく、誰でも同じように一括で契約に取り込むことが前提になっており、そもそもほとんどの顧客は約款に目を通すこともありません。
それでも約款が契約の内容になり、当事者を拘束するのはなぜなのでしょうか。これまでの民法には約款に関する規定が一切なく、この点が不明確なままでした。
そこで、今回の改正で約款についてのルールを民法の中に新設することになりました。
定型約款:新規定のポイント
約款の分野は、完全に実務が先行して発展し、強固に定着しているという特色があります。
特に問題視される社会的実態がない限り、新しいルールによって実務を混乱させたり萎縮させることは避けなければなりません。
そこで、約款について、民法でどのようなルールを新たに置くかを考えると、大きく分けて次のようなポイントが考えられます。
- ① 約款も一定の場合には、個別に了解を取らなくても、また、顧客が読んですらいなくても、契約の内容に取り込まれる【契約への組入れとその要件】
- ② ただし、不当な条項はアウト【不当条項規制】
- ③ 一定の条件のもとで、後から一方的に変更することもできる【約款の変更とその要件】
「定型約款」の定義(改正案548条の2第1項柱書き)
約款に関する新ルールは、特に上記②の不当条項規制や③の変更要件に取締り的要素が入ってくる以上、適用範囲が広すぎると実務を妨げてしまう懸念があります。
そこで、どのような約款にルールが適用されるのかという範囲を適切に限定することが重要となります。
このような理由から、改正民法は「定型約款」という限定された概念を採用し、規制対象を限定するとともに、その定義を明らかにしています。
すなわち、新しいルールが適用されるのは一般に約款と呼ばれているもののすべてではなく、次の要件①②をいずれも満たすものだけです。
要件①:「定型取引」において用いられること。
「定型取引」にも定義が規定されていますが、簡単にいうと一対不特定多数の取引で、画一的な内容にすることが業者にとっても利用者にとってもお互いに合理的といえるもののことです。公共交通機関や各種生活インフラの利用、汎用ソフトウェアの利用が典型的に当てはまります。一方、労働契約は労働者の個性に着目する点で「定型取引」とはいえないため、就業規則等の労働条件を定める条項が用意されていても「定型約款」には当たりません。
要件②:契約内容とすることを目的として「定型取引」の一方当事者が準備していること。
いわゆる契約書のひな型は、交渉のベースとして参考にする程度の目的で用いられる場合には、「定型約款」に当たらないことになります。
以上の定義から導かれる具体例として、クレジットカードや銀行のサービスの利用規定、保険の約款、ソフトウェアやオンラインサービスの利用規約、交通機関の運送約款、宅配便の運送約款、旅館の宿泊約款など、日常生活で個人が関係する約款の多くは「定型約款」に該当すると考えられます。
一方、事業者間取引で用いられる契約書のひな型やフォーマットは、定型取引といえるのか、個別の交渉が予定されているかなどを考慮して「定型約款」に該当するかどうかを判断する必要があります。
終わりに
以上が、約款について新設されることとなった経緯と新規定のポイント、定型約款の定義です。
次回、中編で、約款規定のポイントの1つ、①定型約款の個別の条項が、当該顧客との間で契約の内容として組み入れられるための要件について、詳しく説明・解説していきます。